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第73回例会

2012年12月24日(月)

文学座公演 

  く に こ

 出演
塩田朋子、山本郁子、栗田桃子
太田志津香、鬼頭典子、上田桃子
角野卓造、関輝雄、亀田佳明

 スタッフ
作/中島淳彦、演出/鵜山 仁
装置/石井強司、照明/金 英秀
音響効果/望月 勲、衣裳/原まさみ
舞台監督/三上 博、演出補/所 奏
制作/矢部修治、票券/最首志麻子
 

昭和4年11月28日、東京の世田谷に一人の女の子が生まれました。
名前は”くにこ”。彼女が見つめていたものが、彼女に染み込み、いつの間にか彼女自身となり、言葉や物語として溢れ出していきました。
没後30年が経った今でも多くのファンから熱く支持され続けている向田邦子さんが作家になるまでの軌跡を、彼女が遺した作品達から抽出したエッセンスを交え、「向田邦子」へのオマージュとも言える物語として中島淳彦が紡ぎだします。


「くにこ」の見どころ

 脚本家・作家の向田邦子さんをモデルにした「くにこ」は、最初から最後までテンポの良さに乗せられ、ちっとも気がぬけず、昭和の時代を懐かしみながら、笑いあり涙ありのあっという間の2時間でした。
 昭和四年、向田邦子さんは父・敏雄、母・せいの長女として東京都世田谷区に生まれました。明治生まれの父は保険会社勤務のサラリーマン。父の転勤により邦子さんは日本各地を何度も転校、多感な少女時代を過ごします。
『「くにこ」は、向田邦子さんが作家になるまでの評伝劇の要素とその作品世界も採り込んだ全く新しい文学座の芝居』だそうです。向田さんの主な作品として、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「あ・うん」「阿修羅のごとく」などがあります。この向田作品に登場する人物が次々と登場するのも見逃せません。
 ご健在の三女向田和子さんは、脚本家中島敦彦氏については次のように書いておられます。「とても作品が面白く、観る人の心をつかんでしまう。笑いあり涙あり、ホロリと涙ぐんでしまう。人情の機微、心のヒダをくすぐる。くやしいがうまい」と。また他の資料では、「中島さんの台本は人間に対するナイーブな眼差しで貫かれている。社会性や批評性よりも、台詞に宿る人間の体温に持ち味があります」とも。とても軽快に進んでいくので、キラリと光る台詞をぜひ聞き逃さないようにしたいです。
 特に、私は邦子の祖母「きん」の「塩田朋子」さんに、くぎ付けになりました。お芝居が始まって早いうちに祖母の葬儀シーンが出てきます。悲しい場面のはずなのにとてもおもしろいのです。その時私は、「え〜、素敵な女優さんなのにもう死んでしまうの。この女優さん、もっと観たいのに・・・」と思いました。
 しかし、うれしいことに後で一人何役もこなされて登場されたのでした。その変身振りの見事なこと。邦子以外の方はみなさんいろいろな役を演じておられ、それぞれの役も光っていました。
そして、ヒロイン邦子役の栗田桃子さんは、「紀伊国屋演劇賞」も受賞され、「しんとした哀しさを内側に抱えつつ、でも独自の使命感を持っている」(資料より)と、大変魅力的な演技でした。
昭和の時代のさまざまなシーンも印象に残りました。もう一度入ってみたい「蚊帳」、絵になりリズム感あふれる「足踏みミシン」、家族が離れ離れになった「戦争」、そして、懐かしい「ご近所づきあい」などなどたっぷりです。
一番の見どころは、邦子が大人になり父にできた愛人を、すわ向田家の一大事!と血相を変えて愛人宅に乗り込むところです。しかし、邦子自身は妻子持ちと内密の交際をしていた・・・という。
角野卓三さんは、「くにこ」の企画者だそうで、次のようにおっしゃっています。「『くにこ』がどうして『向田邦子』になっていったのかという話ですが、年代記ではありません。向田邦子さんという固有名詞ではなく、女性が大人になる、生きていくことを描いています。観客もどこかで思い当たって欲しい」と。
(かわさきG 中野啓子)


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